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2005年10月31日(月)
前進座千秋楽

 早朝補習。机上の書類の整理。11月に行われる行事の書類作成。4〜7まで連続授業。放課後年年休を取り、長崎へ。劇団前進座の「銃口」を観るためである。島原市民劇場の例会が10月28日金曜日だったのだが,日程の調整がつかず,ちょうど今日間に合ったのだ。舞台の最後の挨拶で,主人公竜太役の方が,前進座の全国巡演公演(2005年9月〜10月)の千秋楽を被爆60周年の長崎で迎えることができ思い出深いものになったと話された。
 原作は,三浦綾子原作の「銃口」。1941年の「北海道綴方教育連盟事件」に題材を採ったものである。その原作を舞台化したのが前進座。主人公北森竜太の戦前から戦争直後まで,満州での生活,広島原爆の話題も盛りこみつつよく時代性が反映された舞台だった。よく声の通る主人公で教師はすべからくかくありたいものだと思った。21時過ぎに終了。駐車場を出て,帰宅は22時30分過ぎ。

 「全日本郵趣」「郵趣フィラテリー」到着。和紙貼りの退色した小判切手の水はがしを少々。明日は創立記念日で休み。95000アクセス。

2005年10月30日(日)
JAPEX参観2

 JAPEXは10時30分開場ということだが,どうもそうなると,ついのんびりしてしまう。池袋テアトルのすぐ近くにある松屋で昨日と同じカレギュウの朝食。その名の通り,1皿でカレーと牛丼が味わえるワガママな一品。で昨日行けなかった目白会場にまず最初に行く。皇室切手展はゆったりと見ることができた。その隣の即売会場も覗くが11時30分池袋行きのバス発車のため,じっくり見ることができず。サンシャイン文化会館の会場に着いて参観しているとすぐに12時。小判振舞処である。10人で昨年と同じ石焼きビビンバの店へ。どうも条件反射的に行動してしまいがちでワンパターン。それにしても1年の過ぎる早さよ。Nくんから肥前・長崎関連のモノを譲っていただく。その後会場に帰ると授賞式。石代さんと出席。前に石澤さんが座られ,限定100部の作品集を譲っていただく。オールカラーのボリュームのある読み物。といってもリーフなのだが。式終了後Tさんと「菊・田沢例会」へ。JAPEXも16時閉会。K君と池袋テアトルの1階ハンバーガー店でコーヒー飲みながら17時過ぎまで話をして別れる。17時30分発車ということでケータイを使って路線検索すると,埼京線・りんかい線・東京モノレール経由が羽田空港への最短とわかる。埼京線は大崎までは山手線の快速のごとき線,なかなか快適である。空港に着くと17時20分発のSNA便だが25分遅れらしい。搭乗して離陸してからも空港の混雑で25分遅れ。結局50分遅れで22時10分長崎空港着。機内で石澤さんの作品集を堪能した。
 自宅へは23時30分過ぎ到着。5日ぶりの我が家が懐かしい。JAPEX2005での授賞式の記録は明日画像を掲示板に掲載する予定。「スタンプコレクター」到着。3次10銭の横に寸足らずはJAPEX出品作品で見てきたばかりの品。

2005年10月29日(土)
JAPEX参観1

 開始が10時半からだからとのんびりしていると,結局会場へは11時過ぎに到着する時間になった。ひととおり作品を見る。まだ賞はついていない。郵趣出版のMさんと来年6月刊行の「日専えお読み解くシリーズ 昭和切手」の打合せをする。けっこう時間をとってしまった。ブースをまわりNくんに電話すると,もう小判振舞処は終わりだということで近くの店で昼食。少しぶらついて駅前のビックカメラでお買い物。会場7FではJPSオークションいくつかは競り上がったものもあったようだ。会場では賞の結果もはりだされていた。282富士鹿旧版20銭単線11櫛型可読が95000,その他最近よく登場する昭和切手の定常変種ものもコンスタントに売れたようだ。この定常変種については,ここ数ヶ月いい出品がありよく売れている。会場では高野氏の講演。途中まで聞くが,ケータイが鳴り中座。会場内で打合せ。ようやくT氏と話ができたところで,閉会。Nくんから電話があり,小判振舞処は昨年と同じく「土佐藩」。懐かしいB野さんにお会いする。見てない万束関連の話は興味深いもの。澤さんの話もここでしか聞けない貴重な時間である。その後再び池袋西口の昨日の店の7FでTさん・Mさんともうお一方。ウーロン茶1杯いただく。23時前ホテル帰着。
 JPSオークション結果はhttp://yushu.or.jp/auction/index.htmlから。図版・本文・結果表について見ることができる。
 作品や受賞結果は郵趣掲示板に。

2005年10月28日(金)
宮崎3日目

 宮崎大会2日目。芸術劇場ホールで全体会。最初昨日の分科会報告,講演会は黒川伊保子氏の「脳とことば〜こころをひらくことばの秘密」という演題で語感・感性で言葉を考えるというものであった。12時過ぎに終了し,山形屋デパートで職場へのお土産を買い宅急便で送付。ホテルに預けてあった荷物を受け取り,リムジンで宮崎空港へ。SNAに始めて乗った。池袋まで,大崎乗り換えで埼京線を使って池袋。19時30分Tさんはじめ4人で郵趣関係者の食事。近くの喫茶店で10時過ぎまで話す。明日JAPEX参観だ。

2005年10月27日(木)
宮崎2日目

 九州高等学校国語研究大会宮崎大会の開会である。午前中,2校で公開授業だが,私は宮崎大宮高校で参観。各県会長・事務局長は受付後,楽屋の控室で早めの昼食。開会式は宮崎芸術劇場ホール。「人間になれない子供たち」と題した衝撃的な講演。終了後,分科会。新指導要領の分野別に則したもの。「読む・話す」で漢文というものに興味。宮崎神宮内を散歩して,歩いてホテルまで帰ると6時前。同じ長崎県の先生と夕食に。9時前におとなしく帰る。

 J−stamp20が再開されたとのことで早速見る。明日夕方は蒐友との再会の予定。

2005年10月26日(水)
宮崎1日目

 7時40分発の多比良港発の有明フェリーで対岸の熊本県・長洲港へ。ということは出発はいつもの早朝補習の時間帯である。長洲港からタクシーでJR長洲駅へ。間一髪で8時30分の特急に間に合わず。8時50分の普通で熊本駅着。そこから交通センターまでバスで移動。宮崎行きの高速バスなんぷう号の乗り場A6に辿り着くと,声をかけられる。なんと九州郵趣連盟のH野事務局長。空港バスで上京とのこと。JAPEX参観が主目的なので土日にはまたお会いできるだろう。10時20分発で13時25分宮崎駅前着。観光案内所等で情報を仕入れ,宿泊のJALシティホテル着が14時。受付をするが,出張規定の宿泊料より高い高級ホテルである。アーケードの「ウルワシ」本店で特製ドライカレーを昼食に。15時から会議17時頃終了し,18時から懇親会。2次会等に行き,帰宅は22時過ぎ。久しぶりにのんびりできた。

2005年10月25日(火)
明日から旅立ち

 早朝補習から5校時まで5コマの授業。ということは空き時間1ということになる。事務的仕事を遺漏のないようにする。放課後会議。結局放送部の反省会には出ることができなかった。生徒下校時間頃から出張中に締切りの書類作成。結局22時過ぎ帰宅。

 HPの方は,昨日の作品のタイトルリーフをアップロードしたせいか訪問者が多かったようだ。

2005年10月24日(月)
旅支度

 早朝補習から始まり,放課後補習まで9コマ中7コマの授業。放課後放送部の番組班の進捗状況を見に行く。コンテストの反省会は明日。提出文書等多く20時過ぎ帰宅。

 いよいよJAPEXも近い。明日中に旅支度をしなければと思う。当HPの郵趣掲示板にJAPEX出品作品のタイトルリーフ公開。トップページからどうぞお入りください。

2005年10月23日(日)
休養日

 昨日の痛飲で二日酔い気味。風邪気味でもあるので完全休養日。一日寝て過ごす。明日から再び忙しくなるのでゆっくり休む。

 日専の巻末の記事やっと読了。表紙裏のカラー2ページの最新の記事に魅了される。「新消印とエンタイヤ」到着。

2005年10月22日(土)
日専2005

 放送コンテストである。出がけの8時頃郵便局に寄りエクスパックを受け取る。日専2005を読みたいが,そんな時間もない。信号待ちで少しずつ見る。生徒を引率していくと,審査打合せ。午前中のアナウンス審査のスタート。終了後昼食。アナウンスの結果は出場6人中5人優秀賞・県大会出場。10人しか県大会には行けないので,半数が本校ということになる。午後の朗読部門の途中で抜けて,同窓会総会の会場であるホテル南風楼へ。時間差でもう一人の顧問の先生と入れ替わっての引率である。会場へ到着すると,ビデオ撮影の場所を確保し,早速合唱部のリハーサル風景,受付の様子等を撮影。15時30分総会開始。ビデオ撮影係として記録をする。総勢300人ほどの出席らしい。全て終了は18時過ぎ。2次会は19時から「カトレアモア」だが時間が早いので副会長さんらと近くの喫茶店で時間をつぶす。同窓会会長・副会長・事務局長・各支部の来賓の方達と懇談。私は事務局の係で参加。途中コンテストの朗読の結果が入る。優秀賞2名優良賞1名とのこと。ほぼ想定通り。2次会後同期の28回の会合に合流,「ろばた焼き」。学生時代下宿の近くのアパートに住んでよく行き来していた某ホテル社長Mくんと25時まで。M君のリクエストでジョンデンバーの「故郷へ帰りたい」,そういえば学生時代好きだったなと回顧。さくら代行で帰る。

 結局「日専」読めず。

 94000アクセス。

2005年10月21日(金)
国語大会

 ホテルの朝食は6時45分から。7時に待ち合わせをして朝食。7時20分出発。朝の渋滞を避ける道を教えてもらい,北高7時45分着。8時係・役員集合,手順確認。受付・駐車場の係は早速行ってもらう。8時15分北高の職員会議で挨拶。副部会長にしていただく。私も同伴。8時50分受付開始だがそれ以前にも何人も済ませていた。9時10分開会行事。公開授業,分科会,全体会で午前中終了。午後講演会。その後総会。16年度の会務報告・予算報告,17年度の会務計画案までを私が述べる。予算案は会計担当の方に。閉会行事も予定通り終了。その後昨日の係で撤去だが,設営と違い,割と短時間で終了。お世話になった長崎北高校国語科の先生方全員が揃ったところで写真撮影。この写真が会報「国語研究」の表紙になる予定。最後に事務局3人で職員室に行き,教頭にお礼の挨拶。事務室にも挨拶をし北高を後にしたのが16時30分過ぎ。学校には18時30分前に到着。2時間足らずで到着。荷物を降ろし,明日の同窓会総会会場であるホテル南風楼へ。同窓会担当回期の責任者から電話が入っていたためその対応である。2回ほどホテルと学校を往復してなんとか解決。無事総会が行われる状態になった。結局21時前に帰宅。
 
 「郵趣ウィークリー」着。JAPEX出品者用の招待入場券到着。アオヤマスタンプからエクスパックで送ってもらった日専,不在通知のみで見ることができず。明日も早い。途中で受け取ることになるだろう。

2005年10月20日(木)
大会前夜

 早朝補習,1・3・4と授業。午後から明日の県大会の会場校である長崎北高へ。14時40分到着。15時から長崎地区の先生方,各地区理事,会場校の先生方と会場設営。17時前には一旦終えることができた。その後会場校の先生方と最終打合せ。18時過ぎに北高を出19時前にホテル着。トレディアホテル出島である。事務局の先生他4名で食事。安楽子(あらこ)。2次会は銅座の「リクエスト」。明日のこともあるので24時前に帰る。

2005年10月19日(水)
柳田国男

 早朝補習。1校時同窓会総会の打合せに会場のホテルに。2授業。3・4午後の講演会の準備。午後は本年度第2回の島高青楓塾という講演会。各界でご活躍のOBの方を招いての講演会である。例によって放送部と私はビデオ撮影。会終了後,テープ起こしの会社にボイスレコーダーの音声ファイルを送る。念のため,カセットテープも郵送。DVD作成は来月になりそうだ。明日からの10日は終日勤務先にいるのは2日のみ。放課後県大会の資料を綴じる作業と,その袋詰め。放送部のコンテストに出ない生徒に手伝ってもらう。その作業は国語事務局の先生に任せて,今日は朗読出場の生徒6名の校内ミニコンテスト。1年生もずいぶんうまくなっていた。放送部の生徒の指導も私は今日までしかできない。朗読の生徒の指導が終わる頃,アナウンスの生徒が3名読みを聞いてくださいとやってきた。その読みに対するどん欲さはいい。下校時刻の18時30分過ぎまで指導。生徒が帰ってから,国語部会事務局での最終打合せ。準備品のチェック等。県大会の役割分担,議事の進行等の確認。明日の早朝補習の教材研究,その他を済ませ,買い漏らしていた文具等を22時まで営業のダイレックスで購入し,帰宅は21時過ぎ。

 「郵趣ウィークリー」到着。アマゾンに注文していた,「柳田国男の絵葉書」到着。フランスの種まき,スイスのウィリアムテル等のおなじみの切手を貼った絵葉書が並んでいた。いつかじっくり読みたいものである。

2005年10月18日(火)
研究大会・総会・コンテスト

 朝起きたときに喉が痛い。風邪の前兆かもしれないと薬を飲む。今日も1〜6で空き時間は4のみ。ひたすら授業。7は同窓会総会の準備。放課後放送部の指導。応接室を借りて,アナウンス6人のミニ発表会。ちょっとしたアドバイスで感じが違ってくる。生徒下校時間後は国語部会。20時30分帰宅。

 ヤフオクの落札物到着。どんなに忙しくても,切手蒐集があるから救われる。竹取物語に「この児のかたちけうらなること世になく,屋のうちは暗き所なく光り満ちたり。翁心地あしく,苦しきときも,この子を見れば,苦しきこともやみぬ。腹立たしきことも慰みけり。」とあるように心の拠り所なのである。

2005年10月17日(月)
慌ただしい

 1〜6まで空き時間は1コマのみ。それも資料作りで追われる。7は同窓会総会の準備。放課後補習の後,放送部のコンテスト出場者の指導。18時30分過ぎの下校時間以後,やっと同窓会総会の準備。国語部会県大会の準備。いよいよ近くなってきた。木曜午後から出かけ設営,金曜国語県大会。土曜朝から放送コンテスト,午後から同窓会総会。コンテストの指導は水曜まで,同窓会の準備も水曜までに完了しないといけない。21時30分過ぎに帰宅。

 「郵趣ウィークリー」「スタンプマガジン」到着。

2005年10月16日(日)
長崎郵趣会

 長崎郵趣会の例会。JAPEX出品作品のコピーを持参する。終了後有志数人で来年の会場候補のホテルを見に行く。担当の方とお会いし施設を見せて頂く。雨に濡れない駐車場もあるし,場所的にもわかりやすい。きっとアオヤマさんもOKだろう。来年6月17/18の土日。
 例会でM氏持参の付箋付きカバー収集中,よど号搭載付箋の速達便あり,会後のホテルラウンジでの雑談でそのことを話題にするとI田氏が自分も持っているとのこと,これは葉書らしい。M氏はもう1通外国からの到着便も自宅のどこかにあると話されていた。収集歴の長い人は驚くものをお持ちである。いうまでもなく3通とも長崎宛。20時過ぎ帰宅。

2005年10月15日(土)
特別講座

 今週も特別講座である。先週と受講者が異なる,この日完結の講座である。センター漢文攻略法。8時40分開始の,午前と午後それぞれ140分間。間に2時間の自学と昼休み。その間に放送部の読みの指導をする。2名のアナウンスの生徒の指導である。12時からようやく昼食。で近くの味千ラーメンへ。13時10分から午後の講座。その後小論文の添削を何人かもってきたので,その場で指導。国語部会の準備。いよいよ県大会が来週に迫ってきた。19時過ぎに帰宅。BS2ハイビジョン「男はつらいよ」十朱幸代がマドンナ。1975年というから30年前の映画ということになる。上條恒彦の演技もなかなか。

 国際切手展出品者の会からコミッショナー訂正の葉書到着。明日は長崎郵趣会である。

2005年10月14日(金)
カウントダウン

 早朝補習から授業。放課後補習。放送部の指導。明日の特別講座の教材作成。センター試験カウントダウンボード出現。20時帰宅。
 
 「郵趣研究」「JPSオークション」着。

2005年10月13日(木)
100日前

 早朝補習7時35分から。空き時間に来週2日再来週3日の出張期間中の授業振替計画を作り,関係の先生の了承を得る。その他来週の国語部会の県大会の諸連絡,再来週の会議出席者との連絡。放課後コンテストの読みを2人聞く。19時30分から同窓会臨時理事会のため19時前に同窓会館へ。来週の総会へ向けて。会終了後同窓会長HP委員でHPについての打合せ。ここ数日で同窓会HPも変わりつつある。22時30分帰宅。センター試験100日前。明日から11月初めまで授業時間が大幅に増える。

 「SEVEN」到着。最近購入で未整理の2次昭和・3次昭和のシート20シートほどをファイルへ1シートずつ移し,数シートの印面を見るといくつかの定常変種。日専の記述はほんとうにわかりにくい。もっとわかりやすい表記の仕方はないものかと思う。

2005年10月12日(水)
Pスタンプ購入

 昨日放送コンテストの原稿が揃わず,提出しなかった生徒に聞いてみると締切りを間違えていたとのこと。下書きを添削して昼休みに清書。3部コピーしてホッチキスでとめて事務局へ車で走ることを決意。放課後はすることが多く,結局17時少し前に出発。国道沿いに行くとちょうど国見町のところで夕日が真正面に見える。雲仙市の新市庁は旧吾妻町役場。閉庁時刻の17時15分を過ぎて17時30分ぐらいだったが,ダメもとで行ってみる。昨日新庁舎になったばかりで観光課はまだ空いていた。Pスタンプ購入。近くの吾妻局で夕方印だが初日印押印。局員に記念押印したいと言ったら局長に聞きに行ったので,Pスタンプへの初日印押印は私が初めてなのであろう。貴重なものになった。結局渋滞もあり,事務局の諫早高校へは18時30分到着。手渡し後すぐ帰る。20時前には帰宅できた。

 Pスタンプのデザインはイマイチ。どうして各町から見た雲仙岳を入れないのだろうか。山の写真が1点もないのは不思議。旧国立青10円のように千々石湾からの雲仙は穏やかな山容を見せてくれるし,国見町からはまた違った姿を見せてくれる。富獄百景ならぬ雲仙七景でよかったのにと思う。観光課で名刺の台紙も7種全ていただいたので,帰宅後さっそく印刷。名刺のような小さいものをプリンターで印刷するのはけっこう難しい。
 3次昭和のシートを見ていたら未発表変種らしきものを発見。そのうち発表できるだろう。

2005年10月11日(火)
雲仙市Pスタンプ

 早朝補習。火曜日はこの後1・2と続くのだが,時間割変更で1が空き,一息つく。起案文書多し。放送部のコンテスト申し込み。休み時間ごとに数人が入れ替わり立ち替わり。放送原稿の指導である。このところ同窓会のHPをリニューアルしている。各支部ごとに投稿できるようにして活発化している。今日は同窓生個人のHPをけっこう追加した。東大在学中に第一応援歌の作詞をされた方も10回生の方でいらっしゃる。どうしても同級生が多くなってしまうが,おいおい充実していくつもり。19時前に帰れるように仕事を済ます。

 というのも,配達記録を取りに行かなければならないから。土曜から受け取れないでいたのだ。なんとか19時前に行ったら,金庫が閉まってるからダメと言われるが,土曜から受け取れなかったことを告げると,しぶしぶなんとか開けてくれた。来るときには前もって連絡をしてくれと嫌みまで。田舎の郵便局のこの局員だけかもしれないが。以前19時過ぎて電話したときは19時前に来てくれればいいと言われたのでなんとか都合つけて行ったのだが,利用者より内輪の論理を大事にするようだ。この局員は以前,機械印の記念押印はできないと言い張るので九州郵政局に問い合わせてもらってやっと押印できたこともあった。
 「スタンプシバタ」オークション誌,「たんぶるぽすと」,「郵趣ウィークリー」到着。

 今日,雲仙市発足。明日から記念のPスタンプ発売。雲仙市は国見高校のある国見町から南串山町までの7町の合併で誕生した市である。国見・瑞穂・吾妻・愛野・千々石・小浜・南串山の7町である。島原半島の西部にあたる。来年1月1日に島原市と有明町が合併して北東部に新「島原市」が誕生。ほどなく残りの南東の町が合併して,南島原市ができて,島原半島に三市並立の時代となる。有明町閉庁記念に全戸にPスタンプを配布する計画があるらしい。長崎県では三和町,森山町での実績があるらしく郵便局の売り込みがあったらしい。こういうとき親戚友人が多いのは便利である。93000アクセス。

2005年10月10日(月)
家で

 出かける予定が変更になり,家で過ごすことに。読書と音楽鑑賞とデジタルハイビジョン鑑賞。10月は21日からの10日間がほとんど家にいないのでちょうどいい充電日になった。
 ここ1週間の収穫をストックブックに整理。

2005年10月9日(日)
調査・整理

 特別講座2日目。終了後,放送部の昨日来ていなかった1年生がやっとアナウンス原稿の下書きをもってくる。これでなんとか全員目処が立った。火曜日中に仕上げて,事務局に発送することになる。帰宅13時過ぎ。

 昨日から落札品同送でスタンプシバタオークション誌がきているらしいが,ここ2日間午前中不在のため受け取れず。束ものを少し調査。ストックブックの整理。リーフ整理までは億劫。

 BS朝日で「ベストヒットUSA2005」が放送,DJはなつかしい小林克也である。約20年ほど前によく見ていた人気番組のリニューアル版。しかし小林克也の変わっていないのには驚かされる。

2005年10月8日(土)
国際切手展出品者の会

 特別講座1日目,午前中のみ。その後昨日来てなかった1年生のアナウンス原稿の指導。14時前に帰宅。

 「国際展出品者の会」機関誌到着。正田氏のこだわりの1リーフ興味深く読ませて頂いた。さて私のこだわりの1リーフとはどれだろう。なかなか難問である。
 JAPEX05の審査員との対話/ジュリー・アプレイザルの案内の葉書到着。どうにか到着している日時。

2005年10月7日(金)
芸術鑑賞会

 秋到来といえば,芸術鑑賞会の日。午前中短縮授業のあと午後から文化会館へ。東京演劇集団「風」の「touch〜孤独から愛へ」作:ライル・ケスラー,訳:吉田美枝。以下HPから。 
 
 『Touch〜孤独から愛へ』(原題『孤児たち』)は、1885年シカゴで初演され、同年5月にニューヨークのオフブロードウェイでも上演して絶賛を浴びた作品で、87年には映画化もされています。
 舞台はアメリカ北フィラデルフィアの下町にあるアパートの一室。登場人物は2人の兄弟の孤児と1人の初老の紳士。恐喝で日銭の生活費を稼ぐ兄のトリート。弟フィリップはアレルギーから一歩も外出することができません。そんな2人の生活の中に、ある日酒に酔った紳士ハロルドが訪れます。
 ハロルドとの出会いによって大きく変化していく2人の生活。傷つくことを恐れ、強がり、影響を受けながらもハロルドに心を開こうとしない兄と、見守られていることの安らぎに身をゆだね次第に自立していく弟。彼らの姿は、男女を問わず多かれ少なかれ現代の若者たち(あるいは大人たち)に通ずる部分があるのではないでしょうか。
 『Touch〜孤独から愛へ』は、《触れる》ことを通して、生きる勇気を見出していく、人間の生命の輝きの物語です。 
 
  しばし現実を忘れた2時間だったが,帰校後国語部会の諸連絡・放課後補習,いつもの生活へと。国語部会の著作物「長崎の文学」の問い合わせ。このところ一般の方からの問い合わせがある。19年度の長崎での九州大会にあわせて改訂版を出版しなければならない。その原案作りも来年の理事会での審議事項である。放送コンテストの原稿締切りが来週水曜日。火曜日には仕上げなければならないので,2年生数人が見てもらいに来る。1年生が来ないのが心配。
 明日の特別講義の資料完成。19時帰宅。アマゾンからタイトル未定で予約していたサザンの新作CD届く。「killer street」。7年ぶりのオリジナルのニューアルバムらしい。「Kamakura」以来の2枚組でもあるようだ。「Kamakura」を購入したのはCDでなくてレコードだったような気も。
ということでネットで調べると1985.9.14発売なので記憶は正しかった。1998年に再発売ということはこのときCDになったのであろう。


 「日本フィラテリックセンター」オークション型録到着。「切手研究」到着。

2005年10月6日(木)
新切手解説

 早速早朝補習開始。授業は後期授業の開始である。常にセンター試験を意識した授業となる。連休中に行われる集中講座の準備。放課後は放送部。放送コンテスト中地区大会の準備をそろそろしなければいけない。国語の県大会の参加者の集計。現在100名足らず。昨年の124名まであと少し。19時前帰宅。

 ナイショのDOCTOR’sDIARY♪に日専誕生前後の切手解説について書いてあり,当時を思い出した。当時日本郵趣出版のアルバイトで,記念切手の解説の記事を書いたような記憶がある。それは郵政省の切手解説書,いわゆるみほん切手貼付台紙のことであるが,その記述の要約であったり,自分で百科事典から調べたりという作業であったように思う。あとは当時作成していた田型FDCアルバムという図入りリーフのレイアウトもしたような記憶がある。1981年に大学卒業なので日専にはその頃から解説が入らなくなったことになる。郵趣会館が新宿南口にあった頃の話。
 「タカハシスタンプオークション」到着。心動かされるものあり。

2005年10月5日(水)
丸一印顆「大和・辻堂」

 学年末考査最終日。1校時古典,2・3監督。4学年集会。午後から採点。19時前に帰宅。

 「津田沼徒然草」到着。丸一印顆の構造特集で読み応えあり。別刷「大阪人」も興味深かった。

2005年10月4日(火)
出張・会議

 朝から長崎出張。同行の事務局担当ey氏を最寄りの駅まで迎えに行き,そのまま長崎北高へ。国語の県大会会場校との打合せである。13時過ぎに下見・打合せ終了し,帰校したのが15時過ぎ。志望校検討会2日目の会議中だが授業に行っていないクラスだったので採点して関係のクラスの時間まで過ごす。時間になり途中から参加し,会議終了が17時過ぎ。どうにか採点を終え,一時帰宅。後,同窓会の会議のため再び19時前に同窓会館へ。会議終了が22時過ぎ。帰るとき職員室の灯がまだ点いていた。22時30分着。

 3次昭和の定常変種の展示を効果的にするにはどうしたらよいか考えてみる。

2005年10月3日(月)
学年末考査2日目

 監督と作問。午後から第2回進路検討会1日目。17時過ぎまで。国語部会の仕事のあと,今日行われた現代文のテストの採点を7クラス中4クラス終えて帰宅。21時30分。明日は国語部会の仕事で長崎出張。

 原稿のことも気になり出す。

2005年10月2日(日)
JAPEX参観計画

 今日は少し早起きしてJAPEX参観の計画。当初の予定では26から28まで宮崎,28の夕方島原で市民劇場,29・30がJAPEX参観というハードスケジュール。ネックが28夕方の市民劇場。
 そこで,代替できる他の会場はないかとその日時をネットで調べたらなんとか出席できる会場を発見。で,こころおきなく28日に宮崎から東京に直行できるようになった。
 長崎往復のホテルパックだと約4万で済む。直行した場合パックが使えない。でも今なら早割期間。そこで計算。宮崎羽田間早割SNAで18000と羽田長崎感早割SNA20000計38000円にホテル17000円として55000円。15000円の差額は宮崎長崎間の移動と宿泊代ということで考えれば疲れない分楽という計算になった。
 でもJAPEX会場には間に合わない勘定。28日夜の小判振舞処に間に合うかというところ。しかし予約もネット上で完了し,これで宿が確定したので,一安心。
 午後散歩がてら,散髪に。すっきりなった。夜はデジタルハイビジョンの画質に目をみはる。ヤフオクで少々買い物。ゆっくり過ごせた2日間の休息だった。

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2005年10月1日(土)
カラー作品集

 ハードな1週間が過ぎ,のんびり過ごす。5年に1度の国勢調査の調査用紙に記入する。BS2「男はつらいよ」13作目。昭和48年というから32年前。当時のことを思い出しながら興味深く見た。

 少し束ものを見る。JAPEX出品作品のpdfファイルからスーパーファイン用紙にカラーで印刷出力してみた。作品集の出来上がりである。92000アクセス。

  2005年10月


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